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12/22 通常練習@お茶大

December 22, 2016

今年も終わっちゃいますね。それはそうと、一年後まであと一年しかないんだよ?という言葉、ギャグなようでギャグじゃない感じがするよなぁ、と最近ふと思います。

今年最後の練習ブログは、新入生の中でもその一年を最も多く経験してきている23歳65期名取が担当させて頂きます。卒論つらい()

 

さてさて今回の練習曲は、歌集『新しい歌』より『きみ歌えよ』(作詞:谷川俊太郎)というものでした。この歌集の中では毛色の違う、そして比較的馴染みやすい曲ですね。知ってる人も知らない人も調べて聞いてみてくださいね~。

 

というわけで練習風景。ソプラノさんからです。

テーマは白鳥の舞らしいです。本当は嵐のメンバーの誰かがやってたポーズらしんですがもう覚えてません()

一番右の人はお誕生日なんですってーおめでとー(てきとう。

 

お次はアルトさん。

ラジオ体操第二のとある場面のコマ送り。ということなのですが。

ネタの選択がコアである。

一番右のコマが元気いっぱいです(笑

 

続いてテナーさんです。

最近テナーさんポーズきめてくれてたのに、つい普通の練習風景撮ってしまって失敗。

しかも一番右の先輩お二人の顔撮れてないというあれ。絶対リベンジしてやる。

 

最後はベースさん。

ジャケット絵風(?)皆さんちょっとかっこいい。

一番右の後ろの袋はですね、皆さんが作ったり買ったりしてきてくださったお料理達。このあとクリスマス会やったんですよー。おじさん4年生にして初めて大学生みたいなことができてさりげなく感激しました。

 

アンサンブル

嘘です。練習に夢中で撮り忘れたので練習連絡風景です許してください。

おい一番右(笑

 

さてさて、こっからちょっと長文。今日の練習で使う楽譜を見て思ったことをつらつらと。ちょっと説教くさいので嫌な人は戻りましょう笑

 

最近使用している歌集『新しい歌』は「うた」をテーマにした5曲が載っているのですが、はじめのページに、こんな文章があります。

「音にあふれた現代だが、『うた』に対しては何か渇きを覚えてしまう」

「『うた』を『ことば』と置き換えてもいいかも知れない」

これは、『新しい歌』作曲者の信長貴富さんの言葉です。前々回のブログでも紹介されてましたね。

 

この文を見たときに自分はTwitterやLINEをはじめとしたSNSを思い出しました。確かに、言葉に心を乗せることができづらい世の中になったのかなーと。

 

少し問題を一つ。野球の試合で日本とアメリカが戦っているとします。そのとき誰かがふと、「日本には勝ってほしいな~」とSNSで呟くわけです。さあ、この人は日本とアメリカどっちを応援しているのでしょう・・・?

 

・・・さて、電子で文章を送りあい、話し合うこの世の中ですが。相手の顔が見えないが故に、顔文字をつけないと、相手が笑っているのか怒っているのか分からない、なんてことありますでしょうか?僕はよくあります。LINEとかでとくに(笑

そのとき僕は、きっと言葉とは、文字だけでは成り立たないものなんだと、思いました。声色や表情、身振りまでもがその人の言葉を支えているのだなと。ただ文字で会話するだけなら、今は機械のSiriちゃんだってできますよね。だから、人と直接会って話すことって、予想以上に心理に影響するんです。

 

これは歌についても同じで。楽譜通りに、かつ無表情で歌っても、ああこういう歌ね、となるだけで何も伝わりません。ただ楽譜に書いてあるから、こう歌えと指示があったから、そのとおりに歌えば問題ない、というのはちょっと間違いかな、と。ボリュームの上げ下げや音程やリズムの変化なんて機械でもできます。そう、「ただ歌うだけ」なら機械でできちゃうんですよ。

言葉の表面だけを見て揚げ足をとったり楽譜の表面だけを見て技術を磨いたりする現代に、心を理解しようとしない現状に、信長さんは苦い顔をして言っているんだと思います。「心が渇いている」って。(ちなみに、緑会はそんな技術一筋じゃないですよ、と突然のフォロー)

 

信長さんは、「技法的に斬新な試みがあるわけではない」、「私が今回の作曲で求めたのはひたすら『うた』だった」、とも仰っています。

あの方はきっと、技術よりも芸術を、可視化な歌詞より確かな感じを、重視して作ったのかも知れません。

斬新さなんて無くていいから、巨匠になんてならなくていいから、この詩を誰かに伝えたい、という欲が全開になった結果とも言えます。

 

振るえる技術と震える芸術は違う、って僕の好きな漫画でも描かれています(笑

歌の技術で「相手には勝ちたい」ではなく、歌の芸術で「相手に分かちたい」。そう思えるように、「この曲は何を伝えたいのか」を考えながら、合唱人として「言葉」を大切にしていければなぁ、と思いました。・・・たまには何か踊りや振り付けをしながら歌うのも楽しそうかな?

 

うわー面白くないこと書いたなぁー・・・。面白いこと書けって先輩から言われてたのになぁ。要所要所の言葉遊びで許してくれないかなぁ。

でも、どうしても皆さんに伝えたかったので書いちゃいました。反省はします。反映はされません。

 

ではこれにて、いつも緑会のブログを見てくださり、またこんな長文に付き合って頂き、ありがとうございました!

2016年ラストスパート、頑張りましょ。よいお年を~。

 

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